aruku教育インタビューwith ベスト学院 プロフェッショナル夢名鑑 File vol.78

料理家(料理研究家)

本田 よう一さん
(ほんだ よういち)

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福島放送にて毎週土曜放送中『ドミソラ』の撮影現場にて。

「料理が一番好きで、もっと上手くなりたい」
その思いは一生変わらないですね。

- 本田さんはどのような子どもだったのですか?
本田
昔から勉強も運動も得意ではなく、将来も普通に仕事して生活するんだろうなぁと考える冷めた子どもだったんですよ。高校生になっても漠然としたことしか考えていなかったので、まさかこの仕事をしているとは思っていませんでした。

- 料理を始めたきっかけを教えてください。
本田
高校入学と同時に二番目の姉も一番目と同様に上京し、共働きの両親と認知症の祖母と僕だけになったんです。祖母に火を使わせるのは危ないし、母は夜勤もあるので、必然的に僕が料理を作るようになったんですよ。高校の図書室で料理の本を見たり、足りないところは本屋に行ったりして献立を考えていました。凝った料理も作っていましたね。男の料理ってこだわりが強いんですよ。スペアリブを煮たり、角煮の油抜きをおからや焼酎でやってみたり。

- そこから料理に関する仕事に就こうと思ったのですか?
本田
いえ、長男なのでいずれ実家に戻ってもできる仕事ということと、母親が介護職だった影響から高齢者のサポートもできる栄養士になろうと思ったんです。それで、東京の専門学校に進学しました。上京後は学校に通う傍ら美大に通う先輩と写真展を開いたり、ライブのカメラマンをやったりしていたんですよ。高校のときから写真を撮ってはいたので。

- 卒業後は栄養士としてどのような仕事をしたのですか?
本田
社員食堂を運営する会社に就職したんですが、半年くらいたった頃から会社が面白くないなと悩むようになりました。そんな中、タクマクニヒロさんの写真集を見て、本気でカメラマンを目指そうと思ったんです。でも、タクマさんのワークショップに通い続けて写真を見せたら「お前下手だな」って言われてしまって。「普段何してるの?」って聞かれて「料理の仕事してます」と言ったら「料理のカメラマンになれば良いじゃん」と言われたんです。それがターニングポイントでした。

- それで、料理を撮るカメラマンになったのですか?
本田
そうです。そこから3年は会社とバイトのWワークでお金を貯め、機材を買ってカメラマンに転身しました。でも、最初は営業しても仕事は飲食店のメニュー写真くらいでしたね。そんな中最初に良いと言ってくれたのがオレンジページでした。でも、カメラの腕ではなく、作ってスタイリングして撮るというのが面白かったらしく「ちょっとレシピ持ってきて」って言われて。そこから1年半は毎月レシピを30種類作っては通い、見せて、お題もらって、合間にバイトして…。それを続けることでレシピの仕事をもらうようになり、料理家の道を歩むようになったんです。

12994419_1182915691721689_7867699395382722608_nこの日のレシピはからあげ。料理の過程も見やすいように工夫しています。

-料理家とはどんな仕事なのですか?
本田
僕の仕事はレシピを考えること。大きくいうと、料理を作る人をお手伝いするのが仕事ですね。僕は、挑戦して料理を好きになってもらうのを一番大事にしているのでビギナー向けのレシピが好きなんですが、上級者向けのレシピを得意とする方など、料理家の先生もいろんな人がいます。

- レシピはどうやって考えるのですか?
本田
この仕事はテレビや雑誌といったメディアの人からお仕事をもらうので、商品であるレシピを売るために求められるものを作らなきゃいけないんです。だから、まずメディアは何で、誰が見ているのかを調べます。arukuなら20~40代の女性読者が多い雑誌、という感じに。次に季節、調理法、和洋中などのジャンルをふまえ、最後に流行などを取り入れて掛け算して絞ります。その後で献立の色彩など、細かい部分を決めていますね。

- プライベートでも料理はよくするのですか?
本田
僕、料理の息抜きが料理なんです。仕事で作る料理は商品なので自分の好きに作ることはできないですから。例えば、取り寄せないといけない食材のレシピじゃ作る前にあきらめちゃいますよね。だから、どこでも手に入るものという制限がある中で考えるんです。趣味と特技と仕事が一緒な分、作りたいものを作れないストレスはプライベートで発散します。

― 本田さんのやりがいはなんですか?
本田
料理のおかげで自分の興味が広がることですね。料理を好きになって素材や調味料も好きになり、興味を持つようになりました。さらにはスタイリングもするので器選びも大好きなんです。良い品質のものを作り続けるということはプレッシャーもありますが、自分でもこんなに料理が好きになるとは思わなかったし、一番料理が好きだって状態でこの仕事を60歳過ぎまでやれたら良いなって思いますね。

-料理家(料理研究家)を目指す子どもたちへメッセージをお願いします。
本田
この仕事は料理を商品にすることが求められます。だから、食べる人の気持ちを考えながら作るのが良いのかな。材料など細かいところは置いといて。今僕は両親にご飯を作っているときが一番好きなんです。料理のきっかけも親のためだったし。そんな風に誰かにご飯を作るのを楽しむ気持ちを大事にしてほしいですね。

★本田よう一さんの活動はHPもチェックしてね♪(http://youichi-honda.com/

12998758_1182916781721580_1204981674247041258_nよう一さんの必需品の一部。盛り付けにはシリコン製のピンセットを使用することも。

プロフィール
本田 よう一(ほんだ よういち)さん
料理家(料理研究家)
出身地
西白河郡泉崎村
出身校
白河旭高等学校
休日の過ごし方
料理が趣味、とプライベートでも料理が好きな本田さん。深夜ラジオを聴くのがリフレッシュ法で、最近はお花を始めたそう。