aruku教育インタビューwith ベスト学院 プロフェッショナル夢名鑑 File vol.67

声楽家

橋本 妙子 さん
おんがくの社 代表取締役



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コンサート終了後に、生徒たちと笑顔で交流する橋本さん。

震災を経験して改めて、私には歌しかないと思いました。

- 橋本さんは小さい頃から歌が好きだったのですか?

橋本 はい。保育園の頃に初めてテレビでオペラを見て衝撃を受けたんです、「こんな声が出せるんだ!」と。それから自分もそんな声を出してみたいと思い、テレビで見た発声法をまねてよく歌っていましたね。祖母が私の歌声をキレイな声、と褒めてくれたこともあってどんどん歌が好きになりました。でも、みんなの前で歌うのは恥ずかしくて、外で1人で歌っていたんです。実家がのどかな場所にあったので、自分の歌声でやまびこをして遊ぶこともありました。

- その頃から声楽家になりたいと思っていたのですか?

橋本 そうですね。私の両親がとても協力的で、小学生のうちからピアノと英会話を習わせてくれたことも大きかったです。また、中学校のときに本格的にオペラの世界へ進みたいと思い、当時郡山女子短期大学にいた菅原俊一先生を師事しました。そこで、歌の勉強がしたいと両親にお願いをして郡山女子大の附属校へ進学したんです。本格的に歌の勉強を始めて、音楽の世界が思ったよりも奥が深いことを実感しました。その後、卒業してからすぐに結婚したこともあり、そのまま20年は音楽と離れた生活を送っていたんです。

- しばらく音楽から離れた橋本さんが、また歌うことを決意したきっかけはなんだったのですか?

橋本 もう一度歌おうと思ってレッスンに通うようになったのは、子育ても一段落した頃ですね。その頃、気持ちがふさぐことが多くて人生に何も希望を持てない日々が続いていたんです。でも、その時に音楽によって救われたんです。それから少しずつ歌うことを思い出して。練習を再開した頃は、学生の頃なら3オクターブ出ていた声が2オクターブ出すのもやっとになっていてブランクを痛感しました。しかし、練習を重ねることによりだんだんと学生時代の音域が戻ったんです。でも、その矢先に震災を経験して。身近な人たちが震災によって苦しんでいるのを目の当たりにし、この人たちのために何かできないかと思ったとき、私には歌しかないと確信しました。それで、震災後は県内の小学校などを訪問して歌う活動を始めたんです。

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自身も5人の子どもを育てた経験があるからこそ、子どもが楽しめるようなコンサートを心がけています。

- 今はどのくらいのペースで活動しているのですか?

橋本 今は、国内・外問わずに飛び回り、年間で約230ステージくらい歌っています。夢だった海外コンサートも今では5ヶ国で実現しました。言葉は通じなくても心は伝わる、音楽の力を改めて実感しましたね。海外だと移動時間も多くとられるので、ほぼ休みなしで歌っています。小学校へ行った際には、その学校の校長先生にスペシャルゲストとして歌ってもらうんですけど、そうすると子どもたちがものすごく喜んでくれて。お礼の手紙をもらったり、笑顔で過ごしている様子を見たりしてこちらも幸せな気持ちになれるんですよ。ほぼボランティアでの活動ですが、趣旨を理解し支援してくれる方々もいるので続けることができるんです。

- お休みもあまりないスケジュールで、大変ではないですか?

橋本 歌うことが嫌だと思ったことは一度もないので、大変よりも楽しい気持ちが勝っています。昔、知人に「プレゼントは2種類あるんだよ」と言われたことがあるんです。「1つは、人からいただいたもの。もう1つは、神様からいただいたもの。神様からの頂き物は奉仕していかないとダメだ」と。だから、私は神様から頂いたこの声で奉仕しようって思いました。それが結果的にたくさんの笑顔や声援で返ってくる。こんな素敵な仕事をできることをとても嬉しく思いますよ。だから、辛いなと思うこともないですね。

komono

今後は今まで以上に保育園・幼稚園にも力をいれて訪問したいと語っていました。

- ブランクがあってからのスタートでしたが、苦労したことはありますか?

橋本 年齢とともに声質も変わりますし、きらびやかなステージ衣装を着ることにも抵抗がありました。今更こんな格好で歌ってもいいのかな?と。それに昔は数十回歌えば覚えられていたけれど、今は何百回歌っても時間が経つと忘れてしまうこともあるんです。1曲につき1,000回以上歌い、練習では完璧でも、本番で失敗することもあります。「昔ならできたのに…」という葛藤がありました。でも、そのときに音楽仲間から「年齢に抗っても仕方がないのだから、年齢を受け入れなさい」と言われたんです。そこで、今の自分を受け入れ、無理に昔の自分を目指すことを止めたんです。そしたら気持ちも楽になり、今の私の歌声を好きになってくれる人もいてのびのびと歌えるようになりました。

- いろいろなことを経験し、ブランクも乗り越えて小さい頃の夢を叶えたんですね。橋本さんのように夢を持つ子どもたちへメッセージをお願いします。

橋本 どんなことでも小さい頃から夢を持つことは大切なこと。だから、夢があるならあきらめないで追い続けてください。夢に向かって頑張っていると、必ずチャンスがやってきます。もし、苦しいなと思うときには好きな音楽を聴いてください。音楽は人の心を励まし、豊かにしてくれます。私も、主婦の道を選んだときには自分が声楽家として歌う日が来るなんて思っていませんでした。だから、年齢だって関係ないんです。やりたいと思ったならあきらめずにチャレンジしてくださいね。

橋本さんの詳しい音楽活動はコチラ♪
「おんがくの杜」 http://musicmori.com/
おんがくの杜が主催する「魂に響くギフトコンサート」の詳細が確認できます。お問い合わせもこちらから。団体への協賛金ご協力もお願いしています。

プロフィール
橋本 妙子(はしもと たえこ)さん
おんがくの社 代表取締役
出身地
福島県郡山市
出身校
郡山女子大短期大学音楽科
休みの日の過ごし方
ゴルフをしたり、海外コンサートの合間に旅行したりとアクティブに過ごす日もあれば、ゆっくり1人で過ごす時間も大事にし、オンとオフのメリハリをつけているそう。