役者 西田敏行さん(後編)| プロフェッショナル夢名鑑

中学卒業後に郡山から上京し、役者の道を目指した西田さん。後編では、役者としての思いや子どもたちへのメッセージを中心にインタビューしました。

前編を見逃した方はこちらでチェックしてね。
前編はこちら

役者としての自分の根底にあるのは、“人間が好きなんだなぁ”ってことなのかな。

今後演じてみたい役は田中角栄とおっしゃっていた西田さん。
「清濁併せ呑む彼の人間性というか、生きざまを演じてみたい」。

これまで数多くの映画・ドラマに主演なさっていますが、特に印象に残っている役や、作品はありますか?

西田 いや~それぞれ1つひとつが本当に忘れられないけれど、ドラマ初主演した『池中玄太80キロ』の時は「玄太」とか、『釣りバカ』をやったら「ハマちゃん」とか、町行く人に役名で呼ばれることのある作品はかなり印象に残っていますね。最近は『ドクターX』の「蛭間」とか、大阪に行くと『探偵ナイトスクープ』の「局長」と言われるときもあるよ。

西田さんに影響を与えた人物や作品を教えてください。

西田 そうですね、やっぱり子どもの頃に見た、東映の時代劇に出ていた一連の俳優さんたち。それも、良い役ばかりじゃなくて悪役の人。スクリーンで見てると本当に怖かったから。進藤 英太郎さん、山形 勲さん、吉田 義夫さん…。吉田さんとは晩年対談することがあって、お話ししたらものすごい善人の中の善人みたいな人だったんだよね。悪役をしっかりできる人って、良い人が多いんですよ。三國 連太郎さんも「異母兄弟」という映画で、敵をとってやる!と思うほど憎らしく悪役を演じていたんだけれど、釣りバカでご一緒した時にあの三國さんから「君はすばらしいね」って言ってもらえれて。それで意を強くしたというか、自由奔放に演じさせてもらったよね。

西田さんも悪役をやらせたら、何を企んでいるんだろうってくらい憎々しく演じられますよね。

西田 こういう奴がいたら嫌だろうなってイメージしているから。自分で演じて、いや~嫌な奴だな~と、想像できることが良いんじゃないかな、役者として。僕は基本的に、人間が好きなんですよ。良い奴も悪い奴も含めて。何か悪いこと・小賢しいことを企んでいても、俯瞰して見ればそんなことに一生懸命考えて、バカだなぁと思いながらも、それが愛おしい。それが(役者としての)自分の根底にあると思いますね。

西田さんが思う、役者の魅力とは何ですか?

西田 自分の一個しかない肉体と頭だけを使って、いろんな人生を疑似体験できることが、役者の魅力の1つじゃないですかね。だから人と出会うってことが、どれだけの宝かと思うよ。劇団にいたころは仲間たちと、テレビとか映画では全く別のカテゴリーの人とも仕事ができる。そうすると、あぁこういう思いで、こういう発想で作っているんだ、みたいな発見がある。絶えず新鮮な気持ちで人と出会うことができるのは、役者にとって素晴らしいことだと思いますね。

西田さんの著書「役者人生、泣き笑い」の中に『昔の時代劇の役者は仕草や言葉遣いだけで、見ている人を江戸時代に誘ってくれる』とありました。それが真の役者なのかなと。

西田 そう。要するに役者は見ている人に対する案内人みたいなところがあって、江戸時代が舞台ならしっかり江戸弁が話せたりすることで、瞬時にその世界に誘ってくれる。若い人にはそこはやっぱり技術として磨いてほしいなと思うんだ。上手く台詞を言えるだけじゃ、芝居じゃ無いからね。深みっていうのかな。自分を深めていくためには、良い所も欠点も自分の中で知って、それを表現できるキャパシティを持たないと。そういう部分では、勉強しなきゃいけないことは山ほどあるよ、と役者を目指している方には一応言っておきたいですね。深い仕事なんだよってことをね。

良い役者になるために、大事なことは何でしょうか?

西田 うーん…役者の才能って結局自分の中でやる気があるかないか、だけなのよ。自分の中で看板を掲げたら、その看板に恥じぬように、一生懸命努力して、人間を観察する目を磨いて、自分のことも人のこともたくさん知ることだよね。役者はよく夢を与える商売っていうけれど、それはちょっと傲慢だと僕は思う。人に夢を与えるためには、自分がまず夢を見なきゃ。僕は作品の中で演じていること自体がもう、夢なわけですよ。その姿を見て、見ている人にも夢を感じてもらえればなぁと思いますね。

サインにも快く応じてくださいました。

こちらが西田さんのサイン。釣りバカの浜ちゃんの似顔絵が入っています。お上手!

Profile
福島県郡山市出身
1947年 11月4日生まれ。
1966年 明治大学入学と同時に日本演技アカデミー夜間部に入る。
1968年 青年座俳優養成所に入り、1970年に青年座座員になる。
1971年 舞台『写楽考』で主役に抜擢。
1973年 NHK連続テレビ小説『北の家族』に出演。テレビドラマや映画への出演が増え始める。
1978年 『西遊記』(日本テレビ)に猪八戒役でレギュラー出演。
1980年 『池中玄太80キロ』(日本テレビ)でドラマ初主演。翌年、第2シリーズの主題歌『もしもピアノが弾けたなら』が大ヒットし、紅白歌合戦にも初出場。
1984年 NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』で主演を務める。以後、『翔ぶが如く』『八重の桜』、昨年放送の『西郷どん』まで数多く出演。
1988年 映画『釣りバカ日誌』シリーズに出演。20作(特別編を入れると22作)まで約22年に及ぶ長期シリーズとなる。
2008年 紫綬褒章を受章。
2018年 春の叙勲で旭日小綬章を受賞。9月に福島県県民栄誉賞を受賞。
現在、「人生の楽園(テレビ朝日系)」ナレーション、「探偵!ナイトスクープ(朝日放送テレビ)」にレギュラー出演。1月には「釣りバカ日誌(テレビ東京)」新春ドラマスペシャルが放送予定。

※この記事はaruku2019年2月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。

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