調律士 | プロフェッショナル夢名鑑 

家庭からコンサートホールのピアノまで。弾く人の想いを汲み取り、一つひとつの音を合わせていく調律師にお話を伺いました。

音を合わせることはもちろん、その人ならではの音色を作り上げたいです。

耳から聞こえる音と、指から伝わる感覚を頼りに調律をしていきます。


荻原さんがピアノの調律士を目指すきっかけとなったのは何ですか?
荻原 小学校4年生の時に器楽演奏でコントラバスを始めたことがきっかけで音楽の道に進むようになりました。その後、中学・高校と吹奏楽部で音楽を続け、初めはプロのプレイヤーを目指していたのですが、自分の実力を見て職業として成り立つのかといった不安はありました。そんな時に、部活の顧問の先生から河合楽器製作所が行っている調律師養成所のパンフレットを見せてもらい興味が湧きました。それまではピアノにさほど興味はなかったのですが、小さい頃からプラモデル造りなど細かい作業は好きだったので、目指してみようと思いました。

養成所ではどのようなことを学んだのですか?
荻原 ピアノの構造から調律の仕方、さらに修理方法や外側の塗装なども学びました。グランドピアノで約10,000個、アップライトピアノでも約8,000個の部品がありますし、専門用語も多いので覚えるだけでも大変でしたね。特に最初は音の狂いやうなりの聞き分けが難しかったです。先生に音の変化をつけてもらいながら徐々に理解を深めていくことで、聴く力や調律の技術を身につけていきました。1年間養成所で学んだ後は調律の現場に配属となり、主に家庭や音楽教室などの調律を担当しました。

調律はどのように行っているのですか?
荻原 まず基準となる音(基音=鍵盤中央のラ)のピッチを音叉やチューナーを使って合わせたあと、音同士の比較で音階を作っていきます。ピアノは弦を羊毛のついたハンマーで叩いて音を出すのですが、羊毛の固さをほんの少し調整するだけでも響きが変わります。湿度によっても弾き心地や音色に影響が出るので気を遣う作業ではありますね。電子ピアノも普及してきましたが、親子で何代にも渡り弾かれているピアノもあります。いくら大切に使っていても音程が狂ったり動きが鈍くなったりしてしまうので、調律はピアノにとって非常に重要です。私たちが整えてあげることで、より長く愛着を持って弾いてもらえると思いますし、ピアノの寿命も延ばしてあげられると考えています。

お仕事をされる中で気を付けていることはありますか?
荻原 音程を整えるのは大事ですが、自分が良いと思う音に統制するのではなく、その人の想う音色に近づけるようにしています。あくまでピアノは弾く人のものです。均一的に調律をするのではなく、少し明るい音にしてほしいなど、演奏する人の理想とする音に近づけるように調律を心掛けています。その方が良い意味でその人のピアノになっていくと思うんです。年齢とともに経験を積み、コンサート会場などのピアノ調律も担当するようになりましたが、第一に演奏者のことを考えるのは家庭もコンサート会場も同じですね。

反対に、家庭とコンサート会場で変わることはありますか?
荻原 家庭に比べて音の反響や演奏者が毎回異なるコンサート会場では、調律もより高度なものを求められると感じています。演奏者がどんな風に演奏したいのかをヒアリングしたり、指示をもらったりしながら調律するのですが、「草原を駆け回るような」というように抽象的なイメージを伝えてくる方もいるので、自分の中で想像しながらかみ砕いて調律に落とし込むこともあります。難しいことではありますが、自分のイメージがぴったりと奏者のイメージと合致したときは嬉しいですね。

これまで調律してきたピアノの中で思い出に残っているものはありますか?
荻原 東日本大震災で被災したピアノです。損傷具合によっては調律や修理ができないものもあり、依頼をお受けできないことがありました。特に海水を被ってしまったものなどは、汚れを拭き取り見た目には綺麗でも、その後の演奏・品質保持にてリスクが伴うため諦めざるを得ない状況でした。このピアノはもうダメですと烙印を押しているような気持ちになり、とても辛かったですね。反対に、私たちが手を施すことによって「親子2代に渡って弾けます」「孫まで引き継いでもらえます」といった声を頂くこともあり、大変嬉しく改めてこの仕事のやりがいを実感できました。

将来楽器関係の仕事を目指す子どもたちにメッセージをお願いします。
荻原 調律師をはじめ、楽器製作や修理などの技術は養成所で身に付けることができますし、絶対音感がないから、楽器が弾けないからといって諦めないでほしいです。一番大事なのは音楽が好きということだと思います。人々の心を動かすことのできる音楽を裏方から支えることのできる仕事はとてもやりがいのある仕事だと思いますよ。

調律に使う道具の一部。左からチューナー、音叉、チューニングハンマー、ピッカー。


お名前
荻原(おぎはら)さん
座右の銘
初心忘るべからず
休日の過ごし方
音楽鑑賞(クラシックから、バンドまで幅広いジャンルを聴くそう)

※この記事はaruku2021年8月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。

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