スマート農業経営者|プロフェッショナル夢名鑑

IT技術を活用した新しい農業の形をつくるスマート農業の経営者に話を伺いました。

スマート農業のノウハウを広めて、須賀川をもう一度日本一のキュウリの産地にしたい

スマート農業の実験を続ける橋本さん。「農業は手を掛けたぶんだけ成果が返ってくるし、作物を食べる人に喜んでもらえる。誰かの役に立っていると実感できる仕事」と話します。

「スマート農業」とは何ですか?
橋本 人の手だけではなく、IT技術によって野菜が育ちやすい環境を整える新しい農業の手法です。私の農場では、スマート農業の実験施設として須賀川市名産のキュウリを生産しています。農業用ハウスにはセンサーが張りめぐらされていて、野菜が育つために必要な水や肥料、二酸化炭素などの栄養分を、コンピュータが必要なタイミングを判断して与えています。環境を管理しやすくするために、土は使わず水や液体肥料だけでキュウリを作っているのですよ。苗を植えたり、不要な葉を摘んだり、収穫したりする作業は人の手で行っています。

スマート農業にはどんなメリットがあるのですか?
橋本 野菜が育ちやすい環境をつくり、人の手は最小限に抑えることで、露地栽培(普通の畑で栽培すること)よりも収穫量を4倍にも5倍にも増やすことができます。収穫量が増えれば、当然収益も増えます。
現在ほとんどのキュウリ農家では、作物の収量を増やすために意図的に側枝を止めたり一節もしくは二節まで実をつけたりしています。これは知識と経験が必要な栽培方法です。一方、私の農場では、マニュアルを見れば誰でも作業でき、長い期間収穫できる「つる下ろし栽培」という手法を採用しているため、未経験の人でも仕事がしやすいのが特長。これもスマート農業だからできることです。土耕栽培で栽培を続けると土から病害の被害を受けやすいのですが、スマート農業は土を使わないため、そのリスクはありません。参入のハードルを低くすることで、農業の担い手を増やすことにもつながると考えています。

スマート農業を始めようと思ったきっかけを教えてください。
橋本 大学卒業後、15年ほどいわき市の食品メーカーで営業をしていたのですが、福島タネセンターを開業した父の会社を引き継ぐために須賀川に戻ってきました。それまで農業と関わることはまったくありませんでしたが、野菜の種や苗、資材の販売といった生産者をサポートする仕事を通して、担い手の減少や高齢化の問題に直面したことがきっかけです。
福島県は自然豊かな土地と気候で、農業が盛んな場所。関東向けに供給する野菜の量も多いです。農業の衰退は、福島県全体の経済に大きく影響しますし、衰退すれば日本全体で食料が足りなくなるおそれもあります。限られた労働力やコストで効率よく野菜が生産できるスマート農業が確立すれば、いま農業が抱えている問題を少しでも解決できるのではないかと考えました。

スマート農業によるキュウリの栽培は、先進的な取り組みなのだとか。
橋本 スマート農業自体は、トマトの栽培を中心に30年ほど前から始まっています。しかし、キュウリは根の量が多くて伸びる範囲も広く、水も肥料も大量に必要であることから、スマート農業で栽培するのは難しいといわれていました。しかし、ある研究者が実験に成功していることを知り、2020年から私の会社でも研究をスタート。全国でも先駆けて、スマート農業によるキュウリ栽培の事業化に成功しました。
今後も農場の規模は広げていく予定ですが、私の本来の仕事は生産者のサポート。これまでに、福島県内4つの会社や農家にスマート農業のノウハウを伝えてきました。体験会への参加や問い合わせも増えており、関心が高まっていることを実感しています。

仕事のやりがいを教えてください。
橋本 私には、もう一度須賀川を日本一のキュウリの産地にしたいという夢があります。須賀川市はハウスを使わず畑で栽培する「夏秋(かしゅう)キュウリ」の産地として、長く市町村別の生産量日本一を誇ってきました。しかし今、後継者不足や生産者の高齢化の影響で、生産面積は最盛期の3分の1から4分の1にまで減っています。この現状を打ち破るには、農業を「やってみたい」と思える仕事に、また、しっかり収入を得ることができる仕事にしなくてはいけません。
スマート農業は、若い人たちの農業への関心を高めることにつながると感じています。スマート農業という新しい価値を生み出し、伝えることで、地域の役に立ち、人に喜ばれ、生活も潤うならば、これほどやりがいのある仕事はありません。

今後挑戦したいことはどんなことですか?
橋本 まずは、無農薬キュウリの生産です。キュウリは病害が発生しやすく、無農薬での露地栽培は難しいとされていますが、スマート農業を活用すれば実現できると思っています。また、生産に伴う自然環境への負担を減らす試みにも取り組んでいます。農作物が吸収しきれなかった肥料は土に染みこんだり、雨で流れたりして環境に悪影響を与えます。こうした吸収できなかった養分を回収し再利用するシステムを確立したいです。
このほかにも、さまざまな企業や団体と協力し、人の負担も環境の負担も減らしながら続けていける農業の形を研究していきたいと考えています。

将来を考えている最中の子どもたちに、アドバイスをお願いします。
橋本 仕事って、その働きの中で自分が社会に価値を生み出していることが実感できないとストレスになります。だから、嫌々やるような仕事だけは選ばないでほしいです。1日のうち8時間の睡眠を取り、8時間仕事をすれば、プライベートの時間は残りの8時間しかない。そう考えたとき、もしも仕事が楽しくなかったら、人生の3分の1を損していることになってしまいます。やっていて楽しい、誰かの役に立つ、誰かに感謝される、それが気持ちいいから続けられる。そんな仕事を選んでほしいと思います。

パソコンの前で語る橋本さん。農業用ビニールハウスの制御は遠隔操作ができるため、たとえ海外にいても仕事ができるのだそうです。

お名前
橋本(はしもと)さん
好きな言葉
前向き、感謝
休日の過ごし方
バイクで山に行く

※この記事はaruku2023年8月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。

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