「語り、身振り手振りだけでお客さんを噺の世界に引き込む―それが落語の魅力です」

「彦三」の名前は、二ツ目昇進時に師匠の正雀さんが命名。字面も良く、正雀さんの師・林家彦六の半分の数字がもらえ、とても気に入っているそうです。
―彦三さんは子どもの時から落語に興味を持っていたのですか?
林家 私の故郷の小野町は自然が豊かな所で、子どもの時はよく友達と外で遊んでいました。野球もやっていたので、室内に籠って遊ぶタイプではなかったですね。でも本を読むのは好きで、CDで聞く程度ですが落語も触れてはいました。私が落語に強く興味を持ったのは大学生から。明確な目的はなかったのですが、高校を卒業したら東京に行きたいと思っていて。一浪の末、早稲田大学に合格したのですが、なんだか周りになじめず…。代わりに足を運ぶようになったのが、寄席。一日いられるし、落語という日本の伝統文化に触れるうち、こんな世界があるのかと傾倒していきました。
―林家正雀さんに弟子入りした理由を教えてください。
林家 寄席でいろんな落語家の噺を聞くうち、折り目正しい、紳士的な落語をする正雀師匠に出会いました。話し姿がとても恰好よくて、この方の元で落語家になりたいと思ったんです。でも師匠には一度、弟子入りを断られているんですよ。その時は自分がまだ20歳そこそこの大学生で、本気じゃないと思われたんでしょうね。でもショックというより、やっぱり無理か、みたいな諦めがあった。そのうち大学も辞めて、地元に帰ったり関西の方に行ったりと、ふらふらしていた時期がありました。でも、そんな時間を過ごすうちに、やっぱり落語家になりたい、という気持ちが強くなっていったんです。大学も復学し、卒業が見えた段階で再度師匠に懇願し、弟子入りが叶いました。
―師匠の林家正雀さんはどんな方ですか?
林家 林家正雀師匠は、昭和の名人・林家彦六の最後の弟子で、人情噺の得意な落語家です。ピシッとしつつ、意外と陽気な方ですが、芸人としてのふるまいも厳しく教え込まれました。挨拶や礼儀作法、筋を通すことや義理を欠かないことなど、芸の世界で大事なことは師匠にたくさん教わりましたね。
―落語の世界に入ってからは、どのように修行されたのですか?
林家 弟子入り後はまず見習いとして師匠の身の回りの世話をしたり、雑用をこなしたりして、落語の世界を覚えていきます。落語家は、前座→二ツ目→真打(しんうち)の3段階で昇進していくのですが、私は1年くらい見習いを経て、前座に昇進しました。前座になると楽屋の出入りが許され、高座(舞台)にも上がれるようになります。
―初めて高座に上がった時はどんな気持ちでしたか?
林家 板橋区にある松月院というお寺で師匠の会があったのですが、「お前、出てみないか」と言われ、初めて高座に上がらせてもらいました。その時は「子ほめ」という噺をやったのですが、緊張でもう無我夢中でした。それでも優しいお客さんが多くて、笑っていただけたのがよかったです。
―古典落語はたくさんありますが、覚えるのは大変ですか?
林家 そうですね、覚えては、稽古を重ねる日々です。でも、ただ噺を覚えるだけでは落語家とは言えません。同じ噺でも演者によって印象や面白さが異なるように、噺を「自分のもの」にする必要があります。自分の言葉で語り、独自の工夫で世界観を表現することで、お客さんを噺の世界に引き込み、心に届く落語になるのです。
―彦三さんが思う、落語の魅力はどんなところですか?
林家 江戸時代発祥の噺が現代にも通じるのは、いつの時代も変わらない人間味や感情が描かれているからだと思います。「まんじゅうこわい」のようなばかばかしい噺から、私が好きな「文七元結(ぶんしちもっとい)」や「子別れ」のようにほろりとするような人情噺など、多様な人物が登場するのが古典落語の面白さ。また、落語は基本的に一人で演じますが、お客さんも一緒に噺を作り上げる一体感があります。噺を通して、江戸の人々が暮らす世界にぐいぐい引き込んで、そして面白がってもらうライブ感は、落語の魅力だと思いますね。
ー現在、真打を目指して邁進中だと思いますが、どんな落語家になりたいですか?
林家 師匠のように古典落語を深く表現できる落語家を目指したいです。私は文筆活動もしていますが、様々なことを経験・吸収することで、私ならではの表現方法を磨いて、唯一無二の落語家になりたいと思っています。近年は東京に限らず、地元・福島ともご縁をいただくようになり、もっと落語の魅力を広げていきたいですね。時にはぼーっと力を抜きながら(笑)、邁進し続けたいです。
―表現者を目指す子どもたちにメッセージをお願いします。
林家 まだまだ自分も修行中の身なのでたいしたことは言えませんが、落語家でも、アーティストでも、俳優でも、今は何でも目指せる世界です。ただし、夢を目指せるということは、色んな人に支えられているということ。そのことを忘れずに夢を叶えた時、同じ芸の世界で何かできたらいいですね。その日までかんばりましょう!

6月に郡山で開催された彦三さんの落語会では、郡山にちなみ、鯉が出てくる噺などを披露しました。

落語家の必需品、扇子と手ぬぐい。手ぬぐいは何と500本も持っているそう!
プロフィール
【お名前】
林家 彦三(はやしや ひこざ)さん
【最終学歴】
早稲田大学文学部ドイツ文学科
【趣味】
喫茶店に行くこと、お酒を飲むこと、読書
【好きな言葉】
冬日可愛(とうじつあいすべし)
【芸歴】
2015年 林家正雀(しょうじゃく)に入門
2016年 前座となる 前座名「彦星」
2020年 二ツ目昇進 「彦三」と改名
著書に『汀日記 -若手はなしかの思索ノート-』(書肆侃侃房、2022年)
今年、小野町ふるさと応援大使に。
※この記事はaruku2025年8月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。