手話通訳士|プロフェッショナル夢名鑑

聞こえない人に声を届ける手話通訳士にお話をうかがいました。

聞こえない人が生きづらさを感じる環境を変えていきたい

表情豊かに手話をする渡邉さん。手元が見えやすいように黒い服を着ることが多いそうです。


手話通訳士としてどのようなお仕事をしているのですか?
渡邉 手話通訳士は、聞こえない方のコミュニケーションの架け橋となる仕事です。普段、皆さんが手話通訳士を見るのはテレビ番組や講演会などが多いかもしれませんが、それはほんの一部。ほとんどは病院や教育機関、介護施設など、あらゆる生活の場で聞こえない方からの依頼を受けて手話通訳をしています。郡山市役所には月に200件以上の通訳依頼があり、私を含めた3人の市職員や、37人の登録手話通訳者が対応しています。

窓口ではよく「筆談可能です」などというメッセージも見かけます。
渡邉 実は、すべての聞こえない人がスムーズに筆談できるというわけではありません。聞こえる人は耳から聞く音声で言葉を覚え、文字を読み取る時には脳内で音声として読み上げて理解しています。生まれつき耳が聞こえない方はそれができないため、文字から内容を読み取ったり、書いて伝えたりすることに難しさを感じる人もいらっしゃいます。生まれつき耳が聞こえない人の多くは「視覚言語」と呼ばれる手話のほうがスムーズにコミュニケーションを取りやすいのです。

郡山市内に手話通訳を必要とする人はどのぐらいいらっしゃるのですか?
渡邉 コミュニケーションの主な手法として手話を使っている方は、250~300人いるといわれています。ただ、手話通訳は会話をつなぐ仕事のため、聞こえない人だけでなく聞こえる人が理解するためにも必要とされるものです。

手話通訳をする時に気を付けていることはどんなことですか?
渡邉 手話は手の動きだけではなく、表情や視線、体の動きも使っています。例えば「好き」という手話でも、「大好きです」なのか「まぁ好きですね」なのか。表情によって伝えたいニュアンスは変わってきます。感情もそうで、手話を使う人が一生懸命手話をしていたら、私も同じような口調で通訳しなければいけない。手話で何を伝えようとしているのかを全身から読み取り、言葉の裏にある思いを伝えなければなりません。
言葉は使い方を誤ると誤解を生み、相手を深く傷つけることになります。難しい言葉は選ばず、できるだけ素直に伝えることを普段から心掛けています。

手話通訳士になろうと思ったきっかけを教えてください。
渡邉 手話を始めたきっかけは、幼稚園の先生として働いていた時に耳が聞こえないご両親と出会ったことです。お子さんの様子を伝えるために手話を身につけたいと思い、手話サークルに入ったのですが、聞こえない方々が手話で何を話しているのかわからないことにすごく孤独を感じました。同時に、聞こえない人は聞こえる人の中で同じ思いをしているということに気が付きました。
手話が上達して、聞こえない方の日常で抱える悩みを聞けるようになると、聞こえない人が生きづらさを感じる環境を変えていかなければならないという思いがどんどん強くなり、本格的に手話を学ぶことに。5年ほど経った時に市役所の専任手話通訳者に採用され、転職しました。

手話通訳を仕事にするにはどうすればいいのでしょうか?
渡邉 手話を使う仕事には、主に「手話通訳者」「手話通訳士」の2つがあります。手話通訳者は、都道府県からの認定を受けて手話通訳を行う人です。
一方、手話通訳士は、国が認める試験に合格した人で、裁判や政見放送など公的な場で手話通訳ができる資格です。合格率は10%前後で、県内には数十名、市内では十数名しかいません。私は市役所で手話通訳者として実務を通してスキルを磨きながら取得しました。手話通訳には深い経験と知識が必要です。手話通訳を仕事にしたいという人は、なるべく早いうちから手話を学び始めることをおすすめします。

渡邉さんが理想とする手話通訳士はどのような人ですか?
渡邉 本当は誰もが手話を使えれば手話通訳はいらないですよね。私は、手話通訳は黒衣(くろこ)のような存在であるべきと思っています。例えば警察署や病院で通訳される内容は、本来は誰にも知られたくないデリケートなことも多いはず。でも、大切な内容だからこそ理解するために通訳を使っている人もいるでしょう。だからこそ、そういった聞こえない人の思いをしっかり受け止め「この通訳者だったら安心」と思ってもらえる手話通訳士でありたいと思っています。

手話を伝える活動も行っているそうですね。
渡邉 郡山市のYouTubeチャンネルで、生活の中で使える簡単な手話を学べる「郡山市手話動画」を公開しており、私は編集を担当しています。昨年は、医療関係の方に少しでも手話を使っていただければ聞こえない人の安心につながると思い、医療に関する手話を紹介しました。最近では、救急や火災の現場に役立てようと消防署でも手話講座が行われるなど、手話を学ぶ取り組みが広がってきていると実感しています。

今後力を入れていきたいことはどんなことですか?
渡邉 何より手話を広めていくことです。今は小学生から学校で英語を学んでいますが、それと同じように小さいうちから手話に触れてもらう機会をつくり、手話ができる人を増やしていくことで、コミュニケーションの壁を取り除きたい。そのためにも、聞こえない子や聞こえにくい子が自然に関われるような場を作っていきたいと思っています。

耳が聞こえない人向けに動画を使った情報発信も行っています。「Net119」とは、音声で119番通報ができない人向けにスマートフォンで通報ができるシステムです。


渡邉さんが編集を担当している「手話動画」の一部。

お名前
渡邉(わたなべ)さん
座右の銘
一日一生
休日の過ごし方
娘・息子のスポーツ応援

※この記事はaruku2023年7月号に掲載したものです。内容は取材時のものです。

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