プロ野球選手(後編)|プロフェッショナル夢名鑑  

aruku教育インタビューwith ベスト学院 プロフェッショナル夢名鑑 File vol.65

プロ野球選手(後編)

岩村 明憲 さん
福島ホープス 選手兼任監督

県内初のプロ野球チーム、福島ホープスの誕生を記念して、前編・後編に渡り選手兼任監督の岩村明憲さんにお話を伺います。
前編を見逃した方は▶▶ コチラでチェックしてね。
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インタビューでは、「ホープスを通じて福島を良い意味で有名にしたい」と意気込みを語ってくれました。

プロ入り後は
日本でトップの選手になるという気持ちでプレーしていました

後編では、プロ野球選手となってからの岩村監督にスポットを当てていきたいと思います。
-ドラフトで指名されたときには、どのような気持ちでしたか?

岩村 指名を受けたときはとても嬉しかったです。同時に、夢だったプロ野球選手になるからには、この世界で自分がどこまでできるか勝負しようと思いました。でも、実際にプロ野球の世界で活躍している方々と一緒に練習を始めたときは、すごい先輩方ばかりで圧倒されて。そんな先輩方と一緒にプレーするからには、誰よりも練習してもっと上手くなりたいと思うようになりました。プロとしての自覚が芽生えたんでしょうね。負けず嫌いの性格もあったと思いますが。

- プロ入り後は、どのような姿勢で練習に励んだのですか?

岩村 達成したい目標のさらに上を目指して練習に励みました。例えば、打率3割を達成するためには打率3割2分を目指す、といった風に。それは、目標を100としたときに120を目指すからこそ100を達成できると思うからです。現に私は日本でトップの選手になるという気持ちでプレーし、その結果、メジャーリーグでもプレーすることができました。ワールドシリーズやWBCへ出場できたのも、そうやって目標の上を目指して挑戦し続けたからだと思います。

-メジャー入りを決意した際の気持ちと、アメリカでの生活について教えてください。

岩村 メジャー挑戦は新たな挑戦の場をもらったと感じ嬉しかったです。アメリカでは、選手が野球に集中して質の高いプレーができるよう、チームが環境を整えてくれます。私のような外国人選手も、慣れない海外での生活に不便のないよう全面的にサポートしてもらえたので、のびのびとプレーできました。ここまで徹底して選手をサポートする体勢ができるなんて、やはりアメリカでは国民的なスポーツなんだなと感じましたね。

- 日本から世界を相手に活躍した岩村さんですが、プロ時代の中で辛かったことはありますか?

岩村 辛いのは、ケガをしたときですね。プロ野球選手は必ずどこかでケガという壁にぶち当たります。私もケガから悪いクセがついてしまって、なかなか思うように結果が出ず苦しみました。そんな時はとにかく自分を信じ、今までがむしゃらにやってきた練習を“量”から“質”に変えたりして前向きにプレーをしましたね。私は、「神様は乗り越えられない壁や試練は与えない」と思っています。だから、必ず乗り越えられると信じています。それを信じることができなくなってしまったら、その時は辞めるとき。そう思って努力を続けています。

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ユニフォームに袖を通し、自身も入念に練習に打ち込む岩村監督。

- 今までたくさん受賞歴がありますが、一番思い出深い賞は何ですか?

岩村どの賞も自分にとって大切なものですが、特に嬉しかったのは守備力を評価されるゴールデングラブ賞を取った時です。2000年に初めていただいたときは、自分の努力が報われた気がしましたね。初めて規定打席に到達した年でもあったので、そういった意味でも思い出深いです。

- では、一番印象に残っている試合はなんですか?

岩村 プロ3年目に満塁ホームランを打った試合※1 や、ワールドシリーズ前のプレーオフ、シカゴホワイトソックス戦※2 ですね。その試合、地元の球場でホームランを打ちました。相手は年俸15億のピッチャー。ホームベースを踏んだ後もスタンドから拍手が鳴りやまずカーテンコールを受けたときは本当に感動しました。日本ではなかなか味わえない経験をさせてもらえたと思います。
※1 ヤクルトスワローズ時代の1999年の読売ジャイアンツ戦。相手は斉藤雅樹投手だった。
※2タンバベイ・レイズ時代の2008年10月3日、ディビジョンシリーズ第2戦。岩村監督は逆転2ランホームランを打つ活躍でチームの勝利に貢献した。

- 一生忘れられないような経験だったのですね。

岩村 はい。そのときの光景を、福島ホープスでも見てみたいですね。試合はもちろん、大人だけではなく子どもたちが見に行きたくなるような場所づくりをしたいと思っています。例えば、福島ホープスの応援名物を作って球場が一体となれたら良いですよね。他にも、子どもたちを対象に野球教室を開いたりして福島ホープスが地元地域に根付くチームになれればと思います。

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選手の練習をチェックする岩村監督。

- いよいよ4月11日に開幕ですね。最後に意気込みをお聞かせください。
岩村 福島の皆さんが開幕前からホープスへ強い期待と関心を持っているととても感じています。はじめにホープスの選手権監督就任のお話をいただいたときに私を後押ししたのは、高校時代の恩師、上甲監督からの「野球界の改革者になれ」という言葉でした。その言葉を胸に、精一杯やらせてもらいます。永く愛されるチームを福島の皆さんと一緒に作り上げたいと思っているので、ぜひ球場へ応援に来てください!
プレゼント

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プロフィール
岩村 明憲(いわむら あきのり)さん
福島ホープス 選手兼任監督
出身地
愛媛県宇和島市
出身校
愛媛県立宇和島東高等学校
経歴
ヤクルトスワローズ(現 東京ヤクルトスワローズ) (1997-2006)
タンパベイ・デビルレイズ(現 タンパベイ・レイズ) (2007-2009)
ピッツバーグ・パイレーツ(2010)
オークランド・アスレチックス(2010)
東北楽天ゴールデンイーグルス(2011-2012)
東京ヤクルトスワローズ(2013-2014)
福島ホープス(2015- )
表彰
ベストナイン(三塁手部門/2002、2006年)
ゴールデングラブ賞(三塁手部門/2000-2002、2004-2006年)
月刊MVP(2004年8月)
日本シリーズ優秀選手賞(2001年)
優秀JCB・MEP賞(2000、2002、2004、2006年)

連載