住職と考える、これからの人生をより良く生きる「終活の智慧」
自分の物語を自分で作る態度、それが終活

徳成寺 大童法慧(だいどう ほうえ)さん
終活とは、「どのように生き、命とは何か」を見つめる、人生の態度のことです。あなたが生まれてきたこと、そして今日という一日を生きていること。そのこと自体に大きな意味があるのだと受け取りたいのです。
私たちは日々の暮らしの中で、時に挫折し、時に立ち止まりながら生きています。一見、マイナスとしか思えない事柄さえも、そのすべてが自分を育てています。
人生は、「得ること」「集めること」だけではありません。年齢を重ねれば、失うものや手放さなければならないものも増えていきます。しかし、その一方で、誰かに思いを託し、経験を分かち合い、生き方を手渡していくこともできるようになります。
命は、自分一人で完結するものではありません。多くの命を受け取り、そして次の誰かへ手渡していくものです。だから、あなたの人生の物語を最後まで紡ぐことができるのは、あなたしかいないのです。
葬儀は、故人のためにあるのではない
私は住職として、多くの方を見送り、多くのご家族の涙に寄り添ってきました。そのたびに感じるのは、人は亡くなっても、その人とのご縁まで失われるわけではないということです。
現今では、「死ねば終わり」、そう考える人が増えてきました。亡くなればお骨になり、土に還って、無になって、消えてなくなるのだ、と。果たして、そうなのでしょうか。
実は、お釈迦さまは、人間の命は一回こっきりのものではないとお示しされています。生まれ変わり死に変わりしながら、それぞれの場所で各々の魂を磨いていくのですよ、と。そして、ご縁が深ければ、次の世でも、その次の世でも会うことができるのだ、と。
つまり、仏教の葬儀は永遠の別れを告げる儀式ではありません。故人様とのご縁が形を変えて続いていく、その出発点なのです。私にある故人を偲ぶ想い、手をあわせないでいられない姿は、故人からの贈り物でもあるのです。
家族が変わっていく今こそ
お骨は、処理の対象ではありません。そこには、一人の人が生きた時間があります。誰かを愛し、誰かに愛され、笑い、涙を流しながら懸命に生き抜いた人生があります。
近年は、家族の形が大きく変わりました。墓を継ぐことが難しい時代です。永代供養墓を選ぶことは、決して寂しい選択ではありません。大切なのは「どこへ納めるか」ではなく、「どのような思いで託すのか」です。
パンフレットや費用だけで決めるのではなく、その場所へ足を運び、住職と話し、手を合わせてみてください。その空気に触れたとき、自分や家族が安心できる場所かどうかは、きっと分かるはずです。
供養は、故人のためだけにあるものではありません。大切な人を見送り、悲しみを抱えながら生きていく遺された人が、「これでよかった」と安心し、もう一度前を向いて歩き出すためにもあるのです。
終活は死生観を養う時間です。あなたが、どんなふうに人生を眺めるのか、命を考えるのか、それが問われています。その歩みの中で、命について語り合える人に出会えたなら、人生はきっと、これまでよりも豊かな彩りを帯びていくことでしょう。
徳成寺の清月墓

徳成寺の永代供養墓「清月墓」
徳成寺の清月墓は、あなたの大切な人を永代にわたって供養する安心のお墓です。ご希望の方はお電話にてお問合せ下さい。日時を調整のうえ、ご案内・ご説明をさせていただきます。このご縁が、仏縁に触れる機縁となれば幸いです。
●納骨・合掌は、国籍や宗教を問いません。
●納骨料:33万円※刻銘をご希望の場合は、別途4万円を申し受けます。
※永代供養に関するお問い合わせはお電話で

ご本尊は釈迦牟尼仏。境内地には虚空蔵菩薩をまつる虚空蔵堂があり、年2回御開帳法要が修行されています。毎月第1日曜日朝7時半より読誦会のほか、気軽に参加できる様々なイベントも開催しています。
※この記事は2026年8月に制作したものです。価格(税込表記)や内容は取材当時のものです。